by Shunsuke Motani (Irihune Nursery School) 2002/8/26
前回は、長野の話をする上でのフレームワークを提供するために、千葉県の郡部(長生郡)を訪れて、各役場の保育担当課と交渉した時のことを書きました。そこで得た
のが、「小さい自治体の方が、地域の子育てを支える意志と合意を持ち、良い意味で国に頼らない、自分たちの充実した保育を実践しているのではないか」という仮説で
した。 さあ、今度は自分が村人になり、実際に保育を体験し、確認する番です。
■ 北御牧村立中央保育園 人口5千人の北御牧村には、保育園が2つあります。私が、2歳児の次男を預けている のは、「中央保育園」で園児数は80人弱。猫実保育園よりちょっと少ない人数に、入
船保育園より2割方大きい園庭があります。園舎は鉄筋の平屋建てで、園庭をコの字に囲むように配置されていますから、どの部屋からも園庭に飛び出すことができま
す。背後は里山です。こうした余裕は、誰にも分かる郡部の利点でしょう。
村には公 立私立を問わず幼稚園がありません。幼稚園を希望する人がいないわけではなく、多くは近隣都市に車で送り迎えしています。よく田舎では保育園が幼稚園を兼ねている
と言われますが、確かに以上児は園児服を着るのでそう見えるものの、あくまで「保育に欠ける」子供しか保育園には入園できません。 保育時間は、7:45〜19:00で、8:30以前の保育には一回50円、16:30以降の保育に
は一回100円の追加料金(月額まとめ払いで割り引きあり)が掛かります。私が18:30頃迎えに行くと、その時点では他に2-3人の子供が残っています。田植えの時期に
は30人以上はいましたから、繁閑の大きい農業地域に合わせた料金体系になっていると言えます。因みに、息子の保育料は、時間外を除くと月額2万6千円です。安いと思
います。 給食は、未満児はいわゆる完全給食ですが、以上児になると主食(ご飯)は持ち込み になります。これも、浦安の昔を思い出すような話ですが、村が県内有数の米作地域
であり、自宅の米はただみたいなものだが、村が業者から買えばお金がかかるという事態を反映したものだと思います。(米作農家の比率は年々低下しているが、村内で
は近所同士、親戚同士で個別契約して、市価より随分と安い料金で米を調達してい る。うちも入れて〜。)最初は、ええっー後進的、と思いましたが、考えてみれば
我々の基準は都会の基準であり、スイスの山奥にも、ノルウェーの漁村にも、それぞれ個性的な保育があることを思い出して、むしろそれぞれの地域の特性を生かして、
お金を節約するのは善だと思うようになりました。真面目な土地柄ですから、朝は皆さん、苦にもせずお米を炊いているのだと思います。(うちは来年できるか?)
都会との違いは、送り迎えにも表われます。まず、視診表がありません。つまり、ここまでが親の責任、ここからが園の責任という境界が曖昧です。最初は不安でした
が、地域の結びつきが強く、みな顔なじみなので、神経質になっていないのです。また、未満児であっても、当人がしっかりしていれば、村営バスに乗って一人で園にく
ることが認められています。バスの運転手さんもポストマン・パット(チト古い?)のような人たちなので、園の停留所で迎えの先生にきちんと引き継ぎます。このあた
りが、地域で子育てするという感覚の片鱗でしょうか。親が孤立している都会では、自分の子の安全を守るのが、一種の闘争であるのに比べると、随分と穏やかな感じが
します。また、引き渡しに関して園がいい加減ということではなく、時間外保育の時 間帯であっても、正規保育士1名とアルバイト先生だけが残るのでなく、ほぼ毎日、
園長先生が残っていて、親の顔を見ながら挨拶してくれます。園長先生が最後を見届 けて、鍵を閉めて帰ると言うのは、何とも言えない安心感ですね。浦安と違って、園
長先生が保育士出身なので、なおさらです。 保育士と父母が明確に区分され、ある意味で緊張関係にあった浦安と比べると、地域 の人間同士がたまたま二手に分かれているだけの小村では、あまり「あちら」「こち
ら」の意識がありません。行事をする度に、ここまでは園、ここからは親と、境界線を争うこともなく、善意をベースに皆で子育てしている感じです。(浦安でも、学童
の一部にこんな地域集団的な雰囲気が残っていましたが。)タオルやコップをセットする必要もなく、各自のカバンに入れておくだけでいいのも、その一つの証です。
「(親があえてセットしなくても)必要なときに出して使うだけのことですから」とこちらの先生は言います。前述のとおり、視診表もないので、送っていくと部屋の入
口で「バイバイ」と言って押し出すだけでおしまいですから、それはあっけないものです。プールセットも一週間は持ち帰る必要がありません。「どうせ園のタオル類を
洗濯するので、一緒に干しますから」ということです。 反対に、できないことはできないと言う点もはっきりしています。平屋なので、昼寝 の布団を干すのに適したテラスはありません。ですから月に一回は、親が布団を持ち
帰って、天日干しをします。週末の天気予報が良い時を狙って、「今週は持ち帰り」の指示がでますので、無駄はありません。また、園の行事に、親は積極的に協力しま
す。園が善意でいろいろとしてくれることもあり、父母会は、概して園に対して協力的です。ただ、毎年要望事項は出しており、例えば、園近くのバス停に先生が交代で
出迎えるようになったのは、今年からだそうです。
■ 長野県はどこへ行く 住めば都、の喩え通り、こちらの生活には大変満足しています。特に、保育に関して は、上記のような違いに当初はとまどったものの、当地は当地なりの合理性を有する
制度になっており、都会から移ってきた身からしても不満はありません。むしろ、千葉の郡部で見聞した「子育ては地域で」という発想は、距離を隔てた当地でも、似た
ような形で残っていると感じます。かつて入船保育園で、内装の汚れが目立つので、父母のボランティアでペンキ塗りをして、子供達にも手伝わせて、良い経験をさせよ
うと言う提案をしたことがありますが、園からは公的建造物ではそんなことはできないと却下されました。しかし、今、札束で問題を解決するという能力を失った日本
の自治制度において、公的事業の質を維持し向上させて行くには、当事者全員が「工夫」するしかありません。父母と保育士が対立し、工夫の芽を摘んでしまうと、行政
は市場原理でコスト削減という、あまり有り難くない方向へと進んでいってしまいます。必要なのは、父母による「積極的関与」に違いありません。 今、長野県は知事選挙で揺れています。長野県には、錯綜する二つの思想があると思
います。それは、今でも君が代ではなく県歌「信濃の国」を歌うというような行動に表われた、山国ならではの独立自治の気風と、国からお金を一円でも多く取ってき
て、大きな公共事業を次々に行なうという親方日の丸の気風です。「脱ダム」が争点になっていないことから分かるように、今回の知事選の本当の軸は、東京人の言う改
革・反改革の対立ではなく、昔からあるこの二つの気風のいくぶん抽象的で観念的な対立だと思います。「独立自治の長野」と「国(中央官庁)から嫌われない長野」の
どちらを志向するか、と言い換えても良いかも知れません。田中県政になって、官庁の方針を遵守しないことが多くなり、国交省からは「県が一つ減った」などと言われ
ています(ケシカラン話です)。県政の改革は有り難いが、お上に睨まれたら長野はおしまいだ、と焦っている従順な県民も少なくありません。いずれの候補が勝つにせ
よ票差は大きくなく、二つの思潮の対立はまだまだ続くように思います。 この地方に残る共同体的な発想は、長年の思考と努力の結果として得られたものでは
なく、多分に偶然に過去から引き継がれたものでしょう。田舎の保育は支え合っている感じがいいね、と私が思っても、当地の人は特別それを有り難く思っていないのか
も知れません。せっかく小さい村で、自治のお手本のような行政ができるのに、国からの一回きりの特別補助金をもらうために、近隣町村と合併して中途半端な「市」を
作る動きが、最近盛んになっています。村会議員は「合併すると補助金が増える。合併しないと国から睨まれて、補助金が減る。」と口々に弁解します。これも長野県の
一面なのです。自治体が大きくなると、国からのお金のバラマキはスムーズになりますが(取り合い、陳情合戦が減る)、ミクロレベルの工夫はしづらくなるわけで、地
方分権の進んだ国こそ最小自治体は小さく、独自の徴税権を持って国を頼らないのです。(日本では自治体を大きくするのは地方分権のためという心にもない説明が横行
していますが、国は肝心の徴税権を委譲するつもりはありません。)当地でも、親がペンキ塗りをさせて貰えなくなる日が来るのは、そう先ではないかも知れません。
これに限らず、きっと日本各地の保育現場ではいろんなことが起こっていると思います。ここでの私の体験が、直接皆さんの活動の参考にはならないにしても、何らかの
思考の糧になったとすれば幸いです。 また、お会いしましょう。お元気で。